埼玉県 入間 竹寺

奥武蔵 子の権現ハイキングコースの途中の竹寺である.精進料理の寺としても知られている.
   〒357-0214 埼玉県飯能市南704 Tel 042-977-0108

 2002年1月14日初めて竹寺を訪れた.2月に私の大腸がんの大手術を控え,以前より蘇民将来の竹寺参詣(まあ,宗教心のない私には訪問ではあるが)を智恵さんと果たした.万が一のことを思い,心置きない気持ちになりたかったのであろう.そこでは大野住職と蘇民将来について話をすることができた.ご住職も蘇民将来についてはかねがね興味を持っていたのであろうか,その後もじきじきご親切な手紙をいただいた.といってそれ以上のコミュニケーションをとるわけだはなかったが,心に深くとどまったいた.

2002年1月に訪れた.牛頭天王参道,まさに蘇民将来である.


参道には牛頭明王の像がある.何ともおどろおどろしい.





外より声をかけるとご住職 大野亮雄氏が顔を出され,蘇民将来護符についてお聞きすると,いろいろの大きさの蘇民将来護符,あるいは色紙などに囲まれた座敷に上げていただいた.竹寺は,神仏稀釈が行われなかった希有な例で,天台宗に属する寺であり,神社であるとのことであった.


   


山の斜面に設けられた雄大な茅の輪くぐりもある.



1999年2月6日本殿が不審火より全焼した.それは後日再建されたとのことであるが,周りの木が焼けた.牛頭天王の彫られた木は,焼けて返って憤怒の様相を見るようであった.



大野亮雄住職


後日,ご住職より手紙(消息)をいただき,掛け軸に表装して保存している.三重伊勢の笑門八坂神社の禰宜が蘇民将来の事を調査するために津島神社など訪れ,竹寺にも来たとのこと.岩木神社では蘇民将来護符は出していないとのこと.毛越寺では昔出していた.茅の輪くぐりは全国で行われている等書かれている.




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そして,2015年12月1日再訪.智恵さんをその年の7月14日に亡くし,なんとも切ない気持ちの中で再び竹寺を独りで訪れることになった.なぜか.前回2002年は私の大腸がんの手術前,今回は智恵さんを失った後と心に深い思いのある時に訪れるのも奇縁ではある.







大野亮雄住職は,名誉住職となられていた.気骨そのもののお顔は変わらない.

現住職





お孫さんも比叡山で修業を積まれて坊さんの資格を取られたとのことである.




本殿の賽銭箱の上にも蘇民将来が.




再建された本堂.額には「牛頭天王」と記されている.